小川博工
OGAWA HIRONORI

「井筒」
oil painting(F100)


「My Real Time」

美しく描くと云う事、美しく見せると云う事、美を意識する事、
それは各人の経験と生活の中にあり、美と云うものを意識しない、
その人の日々の生活の中の生き様なのであり、叫びなのである。
それを素直に表現するには、その技術が必要である。
アンバランスな技法では、折角の想いは時に誤解をうみ、嫌悪感さえ生じ兼ねない。
等しく、その人なりの技術を身に付ける事である。
ダ・ビンチ、ルソー、シスレー、ゴッホ、フジタ、ボロック、ウォホール、
三岸節子、鈴木信太郎等々すべての先人の仕事を今一度、振り返る事から始めよう。

 

略 歴


1923年 岐阜県関市に生まれる

1941年 早稲田大学法学部に入学

1943年 学徒出陣(浜松航空隊に入隊)

1946年 復学、一方郷里に疎開中の水谷満・坪内節太郎・早川国彦・岡本一平の知遇を得て絵に専念する

1955年 一陽会の発足と同時に第一回展より連続出品
荻野康児の指導を受ける。

1959年 フリーとなる。明大前駅・関商工会議所、東名・名古屋インター、都立洋裁学校その他、公共建築に壁画を制作

1965年 民放祭カラー技術部門に映像グループ参加、金賞

1975年 第一回太陽美術展に出品、会員となる

1976年 同会運営委員

1977年 第三回太陽美術展銀賞、銀座ギャラリーにて個展、フランス国際展にて国際賞受賞

1978年 ル・サロン展(フランス官展)銀賞、第四回太陽美術展金賞

1979年 ル・サロン無鑑査となる
ル・サロン展金賞
紺綬褒章を受章

1980年 ル・サロン賞、東京都知事賞

1981年 文部大臣賞

1982年 フランス国際展国際賞〈ルイ・ムーラン賞〉他

1988年 画柳会設立、画柳会代表に就任
以後、会員の指導と会の発展に尽力すると共に、毎年画柳会展を開催出品

1989年 フランス芸術家協会永久会員
太陽美術協会理事

2008年 逝去(享年86歳)